[SS]天使の歌声

お昼すぎ、N夫人の家のチャイムが鳴った。約束の通りテレビマンが出演交渉に来たらしい。N夫人の家は都心から2時間はかかる田舎にあったが、熱意を伝えるためであろうか、わざわざ足を運んできたらしい。

「ぜひともK君には私共の番組に出演していただきたい。なんといってもK君の歌声は素晴らしくまるで天使のようだ。はじめてK君の歌声を聴いたときに確信しましたよ、この子は将来のスターになる子だと。まだ5歳になったばかりですって?いったいどうやってその歌唱力を身に着けさせたのです?」

N夫人の横で手を膝の上に乗せてきちんとソファに座る子供を見つめながら、テレビマンが熱っぽく問いかけた。

「天使だなんてとんでもない。いえ、何も特別な訓練を施しているわけではないのですよ。どうやらこの子は生まれたときからとびきり歌が好きなようで、赤ん坊の頃などはどんなにひどく泣いていても、音楽をかけるとたちまち泣き止んで一緒に歌いだしていたものです」

N夫人はKの頭を撫でながらやさしく微笑み答えた。

「ではやはり生まれ持った才能というやつなんですかね。子供らしい歌声で聴かせる子はたくさんいますが、これほど技術的に高い歌唱力を持ち合わせる子供はまずいませんよ。きっと全国の視聴者も大人顔負けの高い歌唱力に驚くことでしょう。やはりなんとしても私の番組にご出演いただきたいものです」

テレビマンはますます前のめりになりN夫人に訴えかけた。

「ありがとうございます。でもお聞きかもしれませんが、番組出演のお話は実は他の局からもいただいておりまして、どちらにも出るというわけにもいかないでしょう。同じタイミングでお声がけいただいた手前どちらをお断りするか決めあぐねているところでして、どちらかなんてそう判断できるものでもございませんので、ここはひとつ公平にお出しいただけるギャランティで決めさせていただこうかと思っているところですの」

テレビマンはある程度は予測していたようで落ち着いた様子で切り返した。

「うちは業界の中でも最大手の局ですからね、そういった面で他局に劣るようなことはまずありません。K君にはぜひうちの番組に出ていただきたいと考えていますからね。これはもうはっきり聞いてしまいますが、いったい他局はいくら出してきているのです」

「そうですね・・・K、少しお二階に上がっていてちょうだい」

N夫人に促されるとKはテレビマンにお辞儀をしてから階段を上がっていった。

先ほどまでテレビマンが座っていた来客用ソファにKが座っている。

「おい、あのテレビマンからまともなギャラは引き出せたんだろうな。俺の全国デビューになるのだからケチな金額で引き受けでもしたら承知しないからな。だいたい俺の才能はもう頭打ちなんだ。あと5年もすれば俺くらいの歌唱力をもった同世代の子供はいくらでも出てくるだろう。俺の歌声に商品価値があるうちに一生分の給料を稼いでやるんだ。そのために俺だってこれまで血のにじむような努力をしてきたわけだからな。だいたいこんな田舎に住んでいてはメディアの仕事なんてできたもんじゃない。俺を売り込むにあたって引っ越そうくらいの考えは自然とでてきそうなもんだがね」

N夫人は困ったようにうつむいている。

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